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  ● アレッポの位置

 アレッポは、 北シリアに位置し、シリアではダマスカスについで大きな商業都市です。
 古くからの交通の要衝で、西にはアンティオキア、北にはエデッサ(現ウルファ)やアミダ(現在のディヤルバクル)、東にはバクダッドへの通商路の中継地として栄えてきました。 
シリア現地名では、ハラブもしくはハレブと呼びます。シリア・パレスティナ地域では、最も古い都市の一つに数えられます。

  ● アレッポ城

 旧市街の中心には、アレッポ城があります。旧市街全体が、高台にある アレッポ城 を取り囲むように展開しています。アレッポ城は、周囲約2.5キロを円形の堀で囲まれ、南側に城に入る と堀を渡る橋があります。堀の外からは、アレッポ城の壮大な 城壁 を見ることができますが、橋を渡って入城すると、内部には城の遺構があるだけで、保存の状態はそれほどよいとはいえません。遺構のうえに近年に作られた円形劇場や、北側にはモスクなどがあります。
 アレッポ城は、11〜12世紀の十字軍の時代に重要な役割を果たしていました。すなわち、地中海沿岸地方の各都市を制圧した十字軍に対し、アラブ側の前線の砦としてアレッポ王国のアレッポ城があったのです。
 現在のアレッポ城は、十字軍によって建てられたシリア西部の クラック・デ・シュバリエ と比較すると、城内の破壊が相当進んでいることがうかがえますが、城門を始めとする城壁は美しい姿をとどめています。

  ● 旧市街

 旧市街は、アレッポ城を頂点とする丘のなだらかな斜面にひろがっています。いまなお市民の生活の息吹が感じられるスークが、細い路地の両側に多くの店を抱え、麓までのびています。旧市街には、 細い路地 が文字通り網の目のようにはりめぐらされ、民家同士は壁で区切られているらしく、町全体が巨大なマンションのようにも見受けられます。旧市街の中には、 ウマイヤモスク(グランドモスク) を始め、たくさんのモスクが民家の間に点在しています。金曜日ともなると、町のあちこちでお祈りをするためにモスクにはいる人々を見かけることができます。
 旧市街は、かつては城壁でかこまれており、町に入る 市門 が東西南北5ヶ所に今も残っていて、市民の行き交いに利用されています。
 アレッポ旧市街の西側に時計塔がありますが、そこからやや北の地域がキリスト教徒地区になっています。ここには、ギリシャ正教とカソリックの教会が並んで立っています。またその近くにアルメニア教会もあります。いずれも古い教会で、銅板レリーフのイコンなどがあります。

  ● アレッポの思い出

 アレッポは、イスラーム教徒、キリスト教徒などさまざまな宗教が混在し共存している都市です。シリアは、イスラーム教スンニ派教徒が多数を占めているといわれますが、アレッポにはシーア派教徒も多いと思われます。マスジェデ・フォルドゥースを訪れたときは、たくさんのシーア派信者がお祈りに来ていましたが、異教徒の私がモスクの中庭に入っても特段のトラブルもなくゆったりとした時間を過ごすことができました。多宗教混在の町ならではの寛容さであろうと思いました。
 ダマスカスでは、街のレストランでアラク(蒸留酒)は飲みましたがビールはお目にかかれませんでした。ところが、アレッポのキリスト教徒地区のレストランに入ると、外国製の缶ビールが備えてあり、久しぶりに喉を潤すことができました。
 ハイウエイから、アレッポに入るとき、町の入り口に世界遺産都市を示す記念碑があります。日常に数万の人が生活している都市である以上、原状を保全していくことに大きな困難を伴うことは想像に難くありません。しかし、旧市街が数千年来、まるで生き物のように少しずつ形を変えてきたように今後も息づいていくことでしょう。

 
山崎喜世雄(やまざききせお) Kiseo Yamazaki
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1996.5.31