[in Englich]  オンブズマンネットワークを作ったきっかけ

 1999年の不景気もあって、短い3日間の夏休みも終え、田舎から帰ってきたら、今月始めにアルク出版から、日本コンピュメンタ設立のきっかけをインタービューされた記事の雑誌が送られてきていました。その中で、このオンブズマンネットワークを作ったきっかけも書いてあります。興味をおありの方は長文ですが、参照してください。
 なお、この雑誌は、『グローバル・エデュネット』 という「ネットワーク社会を考える」月刊の教育関係者向けの情報誌です。

http://www.alc.co.jp/edunet/index.html


NPO・ボランティアによる技術支援

「学校インターネット」の整備と地域社会 ・上

●成熟したアメリカの市民社会に啓蒙されて……

 コンピュータ・エンジニアの服部順治さんは3年前、仕事で長期滞在していたロサンゼルスの公園で数人のグループにふいに呼びとめられたことがある。

 「ここに新しい遊戯施設を造ろうと思うんです。あなたも何か意見を出してもらえませんか?」

 見知らぬ人の唐突な質問に戸惑いながらも話を聞いてみると、彼らは市の職員と施工業者たちで、どんな施設をつくれば市民に喜んでもらえるのか、コミュニティで暮らす住民から直接話を聞いているのだという。この国の行政は市民の声で成り立っている――。服部さんはアメリカ民主主義の神髄に触れたような気がして、「行政はお上の仕事」という、何か上から指示されたり、みんながやるようになればそれに従う、という日本の社会との差を痛感した。

 時期を同じくして、カリフォルニア州では96年3月、地域の学校をいっせいにインターネットに接続しようという「ネットデイ」プロジェクトが発足。服部さんは、当事者である学校だけでなく、地域住民や企業までが一体となって教育のネットワーク化を推進する姿を目の当たりにした。
「ネットデイ」は市民のボランティア活動によって実現するもので、国の政策によって進められるものではない。コミュニティの運動を国がサポートする体制に服部さんは深く感銘を受けた。学校だけでなく、地域の図書館など市民が利用する施設には必ずインターネット端末が整備されていることにも感心させられた。

 こうしたアメリカでの体験がもとになり、帰国後の1997年10月、服部さんは

日本コンピュメンタ(プロジェクト2020:この地球を未来に残すために)
http://nvc.halsnet.com/jhattori/compumentor/
というHPを作成した。

NGOや教育現場にインターネットを中心に導入するための支援活動を行うのだ。

その一方、市民の声を行政に反映させるためのオンブズマン活動を中心とする

オンブズマンネットワーク(全国のオンブズマン活動へのリンクおよび支援活動)
http://www.st.rim.or.jp/~jhattori/
のHPも作成した。

 個人レベルの要望を吸い上げて行政に反映させることが市民活動の基本だ。服部さんは、まず手の届く範囲内から運動の芽を起こそうと、自宅がある東京・練馬区を中心として町の情報提供とともに行政監視、教育に的を絞った活動を始めることにした。同時にホームページなどを通じて趣旨に賛同してくれる仲間を募り、各地で同じように草の根の活動を起こしてもらおうとも考えた。

練馬区上石神井 タウン情報(町のベスト病院、レストラン、学校、行政機関、政治家のフォーラム)
http://www.st.rim.or.jp/~jhattori/nerimaku.html
ねりま区政ウォッチャーズ(練馬区の行政オンブズマン)
http://www.baku.or.jp/~nkwatche/ 

 練馬区では区役所の協力を取りつけることに成功し、住民が直に区の職員や議員に意見を伝えられるメーリングリストを開設するなど、オンブズマン活動の面では徐々にだが進展が見られている。

練馬区役所(非公式サイト)
http://www.st.rim.or.jp/~jhattori/nerimakuyakusyo/
ねりま高齢者協議会
http://www.t3.rim.or.jp/~su6sr/
オンブズネットニューズ
(マスコミ、企業、政治家、行政を批判できる真のジャーナリスト、
 オンブズマンによる記事とその人たちへの財政支援)
http://www.st.rim.or.jp/~jhattori/ombudsnetnews/

 しかし、学校へのコンピュータ支援では思うように成果があがらない。コンピュータなどの機材やソフトを提供してもらおうとメーカーやソフトハウス、マスコミなどに働きかけたが、呼びかけに応じてくれるところは皆無に等しかった。共に技術支援に協力してくれるボランティア会員の集まりも悪い。第一、学校自体の反応があまり芳しくない。ホームページ上でもNGOや学校に広く呼びかけてはいるものの、正式にサポートを依頼してくる学校はまったくといっていいほどないのが現実だった。

●パソコン指導やネットワーク環境整備に「市民の手」を活用する

 文部省の調査では、コンピュータの指導ができる教員は全体の2割程度しかいない。どの学校でもパソコン指導やインターネットの環境整備には頭を痛めていると聞いていた。無料でインターネットの接続やホームページづくりに協力してくれると聞けば、喜んで依頼してきてもいいはずだ。
アメリカの先例からいえば、「市民の手」によって教員のコンピュータ・リテラシーの不足を補うことができれば、立ち遅れが指摘される日本の情報教育は明らかに改善できるはずだった。日本の学校では教育の場に市民が干渉することに大きな抵抗感があるのではないかと感じ始めた服部さんの活動は、自然とオンブズマン活動中心になりつつある。

 服部さんの「日本コンピュメンタ」は、カリフォルニア州シリコンバレーで1986年に発足した非営利組織

「CompuMentor」
http://www.compumentor.org/

をモデルとしている。

この団体ではコンピュータの技術指導ができるボランティアスタッフを登録しておき、各種市民団体や教育機関などからの要請に応じて人材を派遣するというサービスを行っている。パソコンの家庭普及率が約5割にも及ぶというアメリカにも、コンピュータの操作に不慣れな人や外部の専門家の助けを必要とする団体は数多い。とりわけ医療や保育、高齢者、障害者支援などを行う福祉関連の市民団体、そして教育機関などでは、データベースの管理やネットワーク・システムの構築に専門的な知識を生かせる人材のニーズが急速に高まっており、これを同じ市民の手によってまかなうことが当然のように受けとめられている。「CompuMentor」の代表を務めるダニエル・ベンホリン氏によれば、個人レベルのベンチャーたちの手によって芽生え、それぞれが持つ情報や技術をシェアすることで発展してきたアメリカのコンピュータ文化には、そもそも助け合いの精神が宿っているのだという。コンピュータの技術支援といえば、企業が人件費を要求してスタッフを派遣する以外にはあまり例がない日本とは大きな違いである。

●日本でも技術支援は不可欠−−アメリカの事例に学ぶ

 「CompuMentor」がこれまでに「Mentor(指導者)」と呼ばれるボランティアスタッフを派遣した団体の数は6000を超える。支援要請、ボランティア登録ともにホームページで受け付けているが、どちらも人気が高く、日本とは正反対の様相だ。ボランティア精神の根づいたアメリカらしく人材の募集に困ったことはなく、登録希望者が後を絶たないほどだという。地元シリコンバレーで働くコンピュータ技術者など常時3000人前後のボランティアスタッフが登録され、専門分野や要請内容、地域などを勘案したうえで派遣先が決められる。彼らはすべて無償で指導にあたるが、要請先に対してはプロジェクトフィーとして175ドルが請求される。これと公的機関や企業からの助成金、寄付金などが主な財源だ。ホームページの記述では、過去4年間で事業規模は約2倍に成長し、年間予算は120万ドルにも達している。

 活動の理念は同じなのに、日本とアメリカとでは、なぜこうも事情が異なるのか。『インターネット市民革命』の著者で「CompuMentor」の活動にも詳しいフリージャーナリストの岡部一明さんは、次のように語る。

 「そもそも学校と親、あるいは学校と地域社会との関係がまったく違っています。アメリカでは親が教育の場にかかわるのが普通のことで、たとえばコンピュータ関連の職に携わる親が授業に参加して子どもたちにパソコンの使い方を教えたり、放課後に機材のセットアップ役を買って出たりといったことが日常的に行われています。親たちが協力してバザーなどを開いて資金を儲け、それを元手に学校に代わって補助教員を雇ったりもするのですから驚きです。美術や音楽などほかの分野についても同様ですから、ことさらコンピュータのことに限って市民の協力が行われているわけではありません」。

 アメリカの学校には「PTSA」と呼ばれる組織がある。日本のPTAに相当するもので、親と教師と生徒たちが一体となって学校生活や教育の質を向上させようと活動するのだが、その役割は日本に比べてかなり突っ込んだものとなっており、親たちが自分の得意分野を生かして授業そのものに積極的にかかわろうとしている。親だけでなく、付近の住民や市民団体、企業も学校への協力を惜しまない。放課後に学校のコンピュータルームをのぞいてみると、コンピュータメーカーなどの社員が毎日のように訪れては子どもたちに操作方法などを教えている光景を目にすることができるという。もちろん、社員個人の意志に基づいてボランティアで行っていることだが、長い目で見ればコンピュータに慣れ親しんだ子どもたちが育つことで将来のマーケットが広がることになるのだから、企業活動としても意味あることなのだ。アメリカは一般に実力主義の競争社会だといわれている。しかし、その前提として弱者を救済して力をつけさせ、同じ土俵に立たせたうえで公正な競争を行おうとの意識が根づいている。だから、子どもや障害者、高齢者、主婦などの情報弱者に対して支援活動を行う企業や市民団体が数多く存在する。その点が、競争しか頭にない日本の社会と大きく異なっているのではないかと岡部さんは指摘する。

 教師の側でもまた、そうした支援をごく自然に受け入れる土壌がある。岡部さんによれば、サンフランシスコでは9割方の学校でインターネットの接続環境が整い、小学校に通う子どもをもつ家庭のおよそ7割から8割がパソコンを持っていると目されるが、必ずしも教師全員がパソコンの操作やインターネットに通じているわけではないようだ。職員室というものがなく職員会議が開かれることも希だというアメリカの教育現場では、授業の内容や進め方は教員個々の裁量に任されることが多い。日本と違って教育に関する国の権限は弱く、各州や各学校区によって教育方針は異なり、それだけ学校や教員の独自性が尊重される傾向にある。そのため、マルチメディア教材やインターネットを積極的に授業に取り入れる教員もいれば、その反対の教員や、そうしたくてもスキルがなくてできない教員もいる。そこで、教員が独自に専門知識をCompuMentor」などの市民団体や保護者を頼って支援を仰ぐことがあるのだという。学校側でもそれを歓迎している。教員の手に余る分野を外部の人材を有効に活用して補うシステムが見事に機能しているというわけだ。

 「日本には市民活動がまだ根づいていないという事情もあるでしょうが、仮にそうした活動が熱を帯びたとしても、当の教育現場のほうが嫌がるのではありませんか。一般の市民が授業の肩代わりのようなことをすれば、教員は自分の持ち場を奪われたようで快く思わないような気がします」。 岡部さんは、文化の違いに根ざす市民活動の難しさを憂慮する。