“プレゼンス”

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 プロジェクタの画面が暗転した一瞬の後、そこには一体の人形((ひとがた)) が現れていた。くびれの目立つ細長い手足、外へ向かって勢い良く張り出した 服装、それは一般的な性別で比較すれば、女性のように見える。やがて 人形――彼女はゆっくりと腕を挙げて伸びをし、次いで語り始めた。

 プロジェクタのそばに置かれたスピーカから流れてくる彼女の声は異質で、 こもった感じで、溝の摩滅したレコードのように時折飛んだが、それは紛れもなく 流暢な日本語だった。妙になれなれしい、あるいは甘ったれた子供のような口調で つづられるのは、自らの素性(彼女は電子の世界で生まれたそうだ)、身の周りの 出来事、思うところ……。そんな彼女の物語は、激しい身振り手振りに助長され、 一瞬たりともやむことがない。

 常より際立った顔つきと、そよぐことのない青い髪を左右に動かして、彼女は 動き続ける。セットも音楽もない、暗い四角いスクリーンの枠の中を 所狭しと闊歩している。彼女は自分のテリトリーの中で、自分の本性を思う存分 発揮しているように見えた。

 だが実際のところ、彼女は5000キロメートルの彼方からやって来る電子 によって操られていた。幾人もの「スタッフ」と呼ばれる人々が、海の向こう から彼女の唇を震わせ、また首をかしげたり足を蹴らせているのだ。彼らの 作り出した「シナリオ」が、彼女の体の総てを制御しているのだった。

 しかしながら、それは二つある世界の側面の内の一つでしかない。確かに こちら側から見ると彼女は外の意志によって動かされているようだった。だが 「彼女の側」では、彼女は電子の輝きと戯れ、仮想生物の餌を求める鳴き声に 嫌気を催したりしているのだという。彼女は自らの規定するところに基づいて 存在し、また存在していることを認めている。彼女は自分の定義する世界で 生きているのである。少なくとも彼女自身はそう感じているそぶりだった。

 やがて彼女は話すのに飽き果て、我々に別れを告げて、電子の世界へ 帰っていった。彼女はたちどころに存在しなくなったようだったが、 スクリーンには、首をがっくりと垂れて動かなくなった人形が長らく 映っていた。

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