きのことり


 は暮れ、辺りは夕闇に閉ざされた。周りの景色に見とれていた僕は、フト我に返った。ああ僕はまた松の木の下に寝転んでいたのである。ざるの中には青くなった初たけが五つ六つある。「馬鹿に日の暮れるのが早いな」と、ひとりごとを言いながら、家路についた。夜がらすが妙な声を闇の空に響かせて、彼方に飛び去った。急にかたわらでガサガサと音が鳴る。驚いてよく見るとすすきが擦れ合う音であった。ようやくの思いで山を下りて田んぼに出た。家々ではもう明かりがついていた。曲がり道を下る途中、急に小さな赤い光が見えた。上や下に揺れながら、段々と近づいて来る。すぐそばまで来てわかったのは、疲れた様子のお百姓さんが二、三人、煙草をふかしていたのだ。お百姓さんは僕を見ると驚いた様に、「今まで何をしていたね」「きのことり」と僕は言った。「ハハァ、今頃まできのこが見えるかね」と笑いながら行ってしまった。家に着いたらまだとうみの音がしていた。


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Copyright by Y. Fukuda, 1996
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