芭蕉の腹

 
 

意味のある人生をどうしたら送れるか?

そんなことを考えていたら芭蕉の次の二句が浮かんできた。

年は人に とらせていつも 若えびす

人に家を かわせて我は 年忘

上の句は、松尾芭蕉が、23歳の時には、無邪気に、詠んだ句である。下の句は、芭蕉が四七歳で詠んだ句である。つまりこの二つの句の間には、二四年という時間が織り込まれている。ひと目見て、似ているように見えるこの二つの句の比べてみると、人生に対する腹の据わり方がまったく違うことに気づかされる。

 上の句で、若えびすを取り上げたのは、ユーモア(滑稽)な感覚を伝えるための芭蕉の遊びあって、本気で人は老いて、やがて死ぬ、という人間の宿命を取り上げた句ではない。ただ妙な味わいが、芭蕉の才能の片鱗(へんりん)をわずかに顔をのぞかせている。

 下の句では、帰るべき家もない芭蕉が、弟子の新居に招かれて、そのお礼にと詠んだ句である。しかもとびっきりのユーモアを込めて、「この句どうだ?」とばかりに弟子に短冊(たんざく)渡した光景が浮かんでくる。

 この中で、自分が家が無いことなど、まったく気に掛けている様子はない。むしろ身ひとつで、何ものにも囚われることなく、気ままな旅に身を任せている自分を誇っているような気さえする。この時、芭蕉には、財産に当たるものは、何もない。あるとすれば、それは全国にいる弟子たちと、自らの俳句に賭ける気迫だけであった。47歳で、すでに芭蕉は翁と呼ばれ、人生がどこで終えても、それを受け入れるだけの覚悟ができているように見える。

 今、芭蕉がかつて年越しを過ごした弟子の家が今どうなってしまったか。おそらくそこには別の家が建っているか。竹やぶにでもなっているはずだ。いずれにしても、形のあるものは崩れ、新しいものは古くなり、若い者は老いて老人となる。だからこそ私もまた芭蕉に負けずにいい年を重ねたいと思う次第である。そこで私も一句を詠じて、芭蕉翁の御霊に捧げたい。

”日溜まりや 天まで伸びて 枯れ芭蕉” 佐藤

 


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2000.01.10