川村渇真の「知性の泉」

不明確な「学力」の代わりに、明確な用語を使うべき


学力という用語を曖昧なまま使っている現状

 教育に関する意見の中に、頻繁に登場するのが「学力」という用語。これを聞いたり読んだりするたびに、どういう意味で使われていてるのか、よく分からないと感じる。自分としては、教育関連の用語の中で、意味の理解にもっとも苦しむものの1つだ。
 そう感じるようになったのは、大まかには次のような理由からである。最近では「学力の低下」を心配する人が増え、盛んに訴えている。低下した根拠として、昔の生徒と現在の生徒の試験結果を比べ、成績が落ちているデータを用いている。
 ここで重要なのは、どのような試験問題を用意したかだ。それによって、何を調べたのかが決まる。そうした学力調査の試験問題を見る限り、学校の試験内容とあまり変わらない。知識を“知っている”のか調べる問題で、“理解している”のか調べる問題ではない。深く考えずに試験問題を作ると、ほとんどは知識を“知っている”のか調べる問題になる。知識を“理解している”のか調べる問題を作るには、よく考えて設計する必要があるからだ。
 このような、知識を“知っている”のか調べた結果を基にして、学力の低下を論じている。この場合、「学力」とは「知識を“知っているか”」と等しくなる。発言者がそういう意味で「学力」を使っていなくても、結果としてそうなってしまう。
 ところが、「学力」を「勉強する力」というような感じの(あまり明確ではない)意味で使う場合もある。そうした人でも、学力低下の根拠として、知識を“知っている”のか調べた結果を用いている。「勉強する力」を論じる基礎データとしては不適切なのに。
 実際には、「学力」という用語の意味を深く考えてない人がほとんどではないだろうか。いろいろな意見を読んでみると、何となく「学校教育で習得できる全般的な内容」を指す用語として「学力」を用いているだけのような気がする。また、知識を“知っているか”と“理解しているか”のどちらを調べるかで、試験問題の作り方が異なることも知らない様子だ。全体として見ると、「学力」という用語が曖昧なまま、いろいろな意見を述べていることが分かる。そして、学力試験の結果の意味についても、正しく理解してはいない。こんな状態で、適切な検討ができるのだろうか。

学力という用語の意味を規定してもダメ

 以上の検討から分かるように、「学力」という用語を適切に使おうとするなら、その意味を最初に規定する必要がある。もっとも有力な候補は、「学校教育で習得できる全般的な内容」ではないだろうか。これなら、教育が生徒に与える全内容を含んでいるため、教育全体での効果を表現する目的には使えそうだ。
 規定する前に明らかにしなければならないのは、「学校教育で習得できる全般的な内容」の中身だ。ざっと挙げてみよう。いろいろな知識に関しては、それを知っている段階と、理解している段階に分けられる。前述のように「勉強する力」としても使われるので、勉強を上手に進める能力も含まれる。さらに、自分の意見を述べたり、文章を書いて説明したり、的確に質問する能力なども大切だ。こういった内容の全部を含む用語として、「学力」を用いるという考え方はどうだろうか。
 「学力」をこのような意味に規定すると、別な問題が生じる。知識を知っていたり理解していることと、意見を述べたり作文する能力とは、まったく異なる特徴を持つ。こうした教育内容を論じるとき、全部を一緒に含んだ「学力」という用語が適切だろうか。特徴が大きく異なれば、別々に扱うのが普通だ。当然、別々な用語を用いて。そうしないと、適切に説明できなくなる。結果として、「学校教育で習得できる全般的な内容」と規定した「学力」という用語は、使われる機会が極端に減る。
 ここまでの検討から、次のような内容が分かってくる。幅広い教育内容を含んだ意味で「学力」を規定すると、その用語自体があまり使われなくなる。逆に、狭い意味の教育内容(たとえば知識のみとか、勉強する力のみ)の意味で規定すると、含まれない教育内容を表す用語が必要となる。どちらにしても、「学力」だけでは用語の数が不足しているのだ。
 複数の用語を用いるとしたら、どのような用語が良いだろうか。それを求めるには、「学校教育で習得できる全般的な内容」をもう少し深く分析する必要がある。それで得られた内容ごとに、適切な用語を用意すればよい。その際には、「学力」という用語を使わない。現在のように曖昧な意味で長く使われていた用語を用いると、主張したい内容が不明確になるからだ。その代わりとなる新しい用語を使うべきである。

教育可能な内容を整理して、新しい用語を求める

 と言うわけで、「学力」に代わる用語を検討してみよう。これを求めるには、教育可能な内容を整理および分類するのが一番だ。本コーナーでは幅広い教育内容を検討しているので、それに合わせると、以下のような形に整理できる。

教育可能な内容を分類した用語の例(教育の検討で用いるためのもの)
・知識(分類方法1):習得の状態を表す分類
  ・認知知識:知っている程度の知識
    (より適した用語があればよいのに)
  ・理解知識:理解に達した知識
・知識(分類方法2):知識の種類を表す分類
  ・基礎知識:言語や計算などの基礎的な知識
  ・社会知識:社会生活に役立つ知識
  ・専門知識:専門分野に関係する知識
・学習能力:上手に学習する能力
  (下の「汎用能力」に含まれるが、教育の検討では分けた方がよい)
・汎用能力:どんな分野にも使える汎用的な能力
  ・基礎汎用能力:作文、質問回答、報告などの基礎的な能力
  ・高等汎用能力:管理、計画実施、分析などの高度な能力
・専門能力:様々な専門分野に関係する能力

 簡単な説明しか付けていないが、ほとんどの用語の意味は分かるだろう。少し特殊なのは「社会知識」で、納税、訴訟、契約方法といった、社会に役立つ知識を対象とする。現在の教育内容には含まれていないが、知っておくと何かと役立つから入れた。このように実際に役立つ知識も、教育内容としては必要である。
 教育可能な内容をこのような形で分類し、それぞれに用語を規定すれば、より正確に意見を述べられる。誤解も生じにくく、質の高い検討の基礎となる。当然ながら、物事の検討方法も習得しなければならない。

学習成果を調べる方法も、分類ごとに異なる

 教育可能な内容を分類して表す用語ができたら、それらの学習成果を調べる方法もほしくなる。学習成果が分かれば、教育の方法や体制の改善に役立つからだ。細かなデータが集められるほど、改善すべき箇所や改良方法などが求めやすい。
 知識と能力を調べる方法は異なるので、試験問題の作り方も大きく違う。知識に関する問題では、知っているかと理解しているかで相当に異なるし、理解しているかの方が難しい。また、能力を調べる場合は、個々の能力ごとに作り方が違ってくる。結果として、既存の試験問題の作り方は、認知知識(知識を“理解しているか”ではなく“知っているか”)の試験問題にしか適用できない。その他の試験問題は、作り方を別に用意する必要がある。
 理解知識を調べる試験問題は、何かの情報を与えて、その意味を解説させるような形式になる。それ以外にも、同じ特徴を持つ例を作るといった形式が考えられる。どの形式の問題でも共通なのは、何かを言葉で説明する形の回答方法となる点だ。
 能力に関する試験問題では、何かの課題を与えて、実際に作らせる方法が適する。出来上がった作成物を評価して、点数を付けることになる。評価項目をあらかじめ用意し、それを満たしているのか調べる方式だ。試験問題の難しさは、選択する課題の内容で調整する。
 本コーナーで紹介しているように、どの能力の教育でも、学習内容を数段階に分けている。各段階で習得する内容が決まっているため、試験の評価項目は、習得する内容に合わせたものとなる。試験問題に用いる課題は、対象段階の習得内容に適したものを選ばなければならない。そして試験結果が基準以上になれば、試験が合格となり、次の学習段階へ進める。より上位の試験の採点では、下位に属する習得内容も評価基準に含まれ、正しくできなければ指摘される。この方法なら、合格した試験で間違った部分があっても、次の段階で習得する機会を作れる。
 能力に関する試験結果では、どれだけ作れるようになったかが判明する。また、どの部分が悪かったか(できなかったか)も明らかになるので、それを生徒に伝えることで、次回の学習に役立てられる。こうした能力の教育では、生徒本人ができるようになる(決められた条件を満たす形で作れるようになる)点が重要なので、他の生徒との比較に意味はない。生徒各人に適したペースで進み、確実に作れるようになることを重視する。
 以上のように、認知知識以外の試験問題では、異なる作り方を学ばなければならない。それと、認知知識以外の試験は今までほとんど実施されていないので、過去の試験結果が存在しない。そもそも、質問回答技術や報告技術といった教科を教えたことがないので、試験結果どころか、教育自体の実績すらない。今後は、こうした教育と試験を実施して、学習成果を蓄積する必要がある。

 ここまでの説明で、「学力」という用語を用いた教育関連の意見が、不明確さを持っていることに気付いただろう。学力調査の試験結果を解釈する際の不適切さも含めて。
 教育に関する今後の検討では、より明確な用語を用いるとともに、物事の検討手法を習得すべきだ。そうしなければ、いつまで経っても曖昧な内容の意見ばかり出されて、検討の質が一向に高まらない。教育改革に関わる人は、こういった点にも、そろそろ気付いてもらいたい。

(2001年11月29日)


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