呪われた短剣ケリス
「ケリス」はインドネシアの伝統工芸の一つとして伝わっている。歯が細長く波打った、独特の形をしている。


昔、東ジャワにケディリという王国があり、ケルタジャヤ王は、自分を神と信じていた。僧侶たちは王と敵対関係にあり、迫害されることを恐れて、トゥマペル地域の支配者ケン・アロクのもとに逃れた。ケン・アロクは、ケルタジャヤ王が僧侶たちを連れ戻すため軍隊を派遣することを予測し、守りを固めたのである。

予想通りケディリ国の軍隊がやってきて、1222年、「ガンターの戦い」が起こった。ケルタジャヤは破れ、ケン・アロクは自らの王国「シンゴサリ」を打ち立てた。

ケン・アロクは、自分はシバの息子であると名乗った。
歴史家たちにとって、彼は謎の人物である。彼はいったい何者なのか? なぜ王国を建国するまでになったのか? 何か隠したかった過去があるのではないか……?

ケルタジャヤ亡き後、ケディリ国はトゥングル・アメトゥンによって治められていた。彼はケン・デデスという、美しい妻を持っていた。オランダのライデン博物館にはケン・デデスを知恵の女神プラニャパラミタに見立てた彫刻がある。

ある日ケン・アロクは、偶然ケン・デデスの姿を見かけた。風が彼女のかぶっていたガウンをさっと巻き上げ、その美しさを目の当たりにしたケン・アロクは、何が何でもケン・デデスを妻にしたいと思うようになった。そしてケン・アロクは、トゥングル・アメトゥンを殺すことを決意したのである。

彼は僧侶のムプ・ガンドリンに、聖なる短剣「ケリス」を作るよう命じた。悟りを開いた僧侶のみがそれを作ることができ、そのためにさまざまな儀式を行わなければならないので、ケリスを作るには長い時間が必要となる。ケン・アロクのケン・デデスへの思いは募る一方で、彼はケリスが仕上がるのを待っていることができなかった。そこで、ムプ・ガンドリンを殺し、未完成のままのケリスを手に入れたのである。

ムプ・ガンドリンは、死ぬ間際に、ケリスに呪いをかけていた。

ケン・アロクはある計略を思いつき、ゴロツキのケボ・イジョにケリスを貸した。ケン・アロクの思惑通り、ケボ・イジョは得意になってそれを人々に見せびらかした。それからケン・アロクはケリスを盗んでトゥングル・アメトゥンを殺し、見事ケボ・イジョに罪を着せることに成功したのである。ケボ・イジョは、無実を訴える前に、ケン・アロクに殺されてしまった。

ケン・アロクの治世の5年目に、アヌサパティという男がシンゴサリ王国の王の座を狙った。ケン・アロクはケリスを使わなくなっていたが、アヌサパティはそれを持ち出して、ケン・アロクを殺したのである。
ケン・アロクの息子トジャヤは、アヌサパティへの復讐を誓った。

アヌサパティの治世21年目に、トジャヤは、アヌサパティを賭博に招待した。そして、彼がゲームに気を取られている間に、ケリスを使ってアヌサパティを殺したのである。

アヌサパティの死後、息子のランガウニが、王位に就こうとした。そこでトジャヤは部下のレンブ・アンパルに命じ、ランガウニとその仲間マヘサ・チェンパカを襲わせようとした。しかし、レンブ・アンパルは、ランガウニこそ王位を継ぐのにふさわしい人物であると考え、トジャヤに反旗を翻したのである。トジャヤはまたしても呪われた短剣ケリスで殺された。

ランガウニとマヘサ・チェンパカは、ムプ・ガンドリンのケリスはこの世に死と混乱を招くだけであると悟り、それをジャワの海に投げ捨ててしまった。

伝説によると、海に入ったケリスは竜になったということである。

マリオ・ルスタン



ガンターの戦い
ケルタジャヤもケン・アロクも、実在の王。「ガンターの戦い」も、本当にあった戦争です。実在の人物にこのような伝説が生まれてしまうとは、面白いことです。日本で言えば、源義経や弁慶の伝説のようなものでしょうか? ケディリ王国も実在した有名な王国で、予言王ジャヤバヤもこの国の王の一人でした。 BACK

シバ
シバは、インドの中心的な神の一人。恐ろしい「破壊の神」とされていますが、激しい気性、力強さなどに人気があります。インドネシアの神話の基本に書いたように、インドネシアの神話にはインドの神話から借りた要素が大きく、特にこの時期のインドネシアの王国には、ヒンドゥー教の影響が大きかったようです。 BACK

知恵の女神プラニャパラミタ
元々仏教から生まれた存在で、黄色と白の服を着て、手に蓮の花と聖典を持った姿で表されます。今は東南アジア、ネパール、チベットなどで信仰されているとのこと。 BACK





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